はじめに、脳脊髄液減少症の前に特発性低髄液圧症候群についてお話しします。
特発性低髄液圧症候群(spontaneous intracranial hypotension:SIH)は1983年にSchaltenbrand先生により初めて報告された症候群であり腰椎穿刺などの明らかな外的誘因がなく頭蓋内圧の低下をきたす疾患です。 主な症状は頭痛です。立つと5分以内に出現し横になると30分以内に改善または消失する頭痛、いわゆる起立性頭痛が認められます。これは腰椎穿刺後頭痛と同じタイプの頭痛です。 症状として悪心・嘔吐、羞明、後頭部痛、こわばり、めまい、複視、聴力障害なども多く認められます。 Shievink先生は本当はSIHなのに初診時の診断では11例が片頭痛、6例が髄膜炎、4例が心因性疾患または詐病と診断されていたと報告をしております。当時も診断に難渋していたものと思われます。 平均発症年齢は40歳前後であり、3:1の割合で女性に多いと言われております。SIHの予後は一般的に良好であり、点滴と安静臥床で大部分の方が良くなりブラッドパッチが必要となる方は稀です。しかし硬膜下血腫の合併が認められると手術が必要なこともあります。 SIHの原因は特発性の脳脊髄液漏出です。単純な硬膜裂孔または脆弱なくも膜嚢胞から漏出することがあり、軽い頭部外傷やむちうちなどにより続発することも多と言われております。この様な病態が存在することは以前より報告がされていました。
交通事故の後にいわゆる『むち打ち症』とか『頚椎捻挫』と診断された患者さまの中に、以前から知られていた特発性低髄液圧症候群とよく似た症状を呈する患者さまが想像以上に存在しブラッドパッチによって改善するということを平塚共済病院脳神経外科部長(現国際医療福祉大学熱海病院脳神経外科教授)の篠永正道先生が最初に報告されました。 近年マスコミで取り上げられることが多く、またインターネット上で情報が氾濫し『脳脊髄液減少症』という病名だけは医師よりもむしろ一般の人に 広く知られているかもしれません。症状としては追突事故のように軽い頭頚部外傷の後、いつまでも頭痛やめまいが続き、物がかすんで見える、記憶力や集中力が落ちるなどの多彩な症状が現れます。 以前は『むち打ちの後遺症』と呼ばれていた疾患の原因は、脳脊髄液が頚部、背中、腰部から漏れて脳脊髄液が減少してしまうために起きているのではないかと考え研究、治療にあたってこられました。 症状を引き起こすきっかけは交通事故だけではなく、尻もちをつくなどの非常に軽い外傷のこともあり、この病態が提唱され始めた頃は『外傷性低髄液圧症候群』と呼ばれていました。 しかし、脳脊髄液の圧を測定してもほとんど正常ということで、1999年にアメリカのメイヨークリニックのMokri先生が提唱していた『cerebrospinal fluid hypovolemia (脳脊髄液減少症)』という病名がこの病気に使われるようになりました。 日本では交通事故後の『むち打ち症』の後に発症した多彩な後遺症として脳脊髄液減少症という病名が使われることが非常に多いようです。実際の臨床の現場では治りが悪いむち打ち症の患者さまが大勢いらしゃいます。しかし私自身、本当の脳脊髄液減少症の患者さまは世間で言われているほど多くないと考えております。 ほとんどの患者さまは十分な検査、治療を受けておらず極端なことを言えば『事故にあって半年経ちますこの間にマッサージに1回行きましたという』方もおります。 このような患者さまに対して、まずは交通事故に対する標準的な治療を提案させていただきます。 しかし検査所見と臨床症状が極端に乖離するような患者さま、従来の治療に抵抗性である難治性の患者さまに対しましては積極的に脳脊髄液減少症に関する検査、治療をお勧めしております。
脳脊髄液減少症という病名が普及していますが、実際には臨床的に脳脊髄液の量を計測する方法はありません。 脳脊髄液が減少するという病態が存在することは想像することはできますが、現時点では残念ながら髄液量が減少しているという病態を証明することはできません。 脳脊髄液減少症を画像で診断することは非常に難しく、我々も脳脊髄液減少症と診断をすることに非常に苦しんできました。研究会が何回も開催され、私たちが今まで解釈していた画像検査の徐々に診断が変わってきました。 その方向として私が脳脊髄液減少症研究会で発表してきた『脊髄液が漏出しているという直接所見しか脳脊髄液減少症と診断できない』という意見と一致しており私自身今までの考え方は正しかったという自信につながる半面、画像所見で異常なしと診断されてしまう患者さまを苦しめていることにつながることは心苦しく思います。 しかし診断基準にもれてしまった患者さまの病態の解明にエネルギーを注げるようになったことは一歩前進ととらえ日々勉強、努力をしております。当院では今まで脳脊髄液減少症を心配されて来院してきた患者さまを600名ほど診察に当たっております。 さて画像診断のお話に戻ります。 まず脳脊髄液減少症の画像診断で診ているところは『低髄液圧』、『脳脊髄液漏出』、『RI循環不全』の存在であり髄液量の減少ではありません。 脳脊髄液が減少したらこのような画像所見が認められるだろうという推測です。これらを総合的に考えて脳脊髄液減少症を診断としていこうと研究班の先生方は決定しました。それぞれのポイントを書き出しましょう。
1. |
『低髄液圧』:低髄液圧症は脳脊髄液漏出症と密接に関係をしており診断の上で有用です。 |
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『脳脊髄液漏出』:直接髄液漏を起こしている部位を探す検査です。 |
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『RI循環不全』:私自身RI検査は手間暇がかかるわりには情報量はそれほど多くないと考えます。 |
当院では脳MRI、脊椎MRI、脊髄MRミエログラフィーといった侵襲のない検査から始め、必要であればCTミエログラフィーその際に髄液圧を測定するという順序の検査を推奨しております。
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保存的治療 (急性期はもとより慢性期でも一度は保存的治療を行うべきです) |
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硬膜外自家血注入 (ブラッドパッチ,EBP;epidural blood patch) |
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当院HPにある脳脊髄液減少症の問診票をダウンロードをダウンロードしていただきます。 |
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FAX到着後、当院看護師が電話にてご連絡いたします。 |
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初診日には紹介状があると幸いです。 |
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初診日、問診、必要であればレントゲン検査、血液検査をします。 |
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検査結果で脳脊髄液減少症と診断できたら治療を開始します。 |
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脳脊髄液減少症と診断した場合、治療を施行します。 |
当脳脊髄液減少症の検査は健康保険の適応となります。 しかし治療については健康保険外(自由診療)となります。
費用項目 | 治療費 |
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硬膜外自己血注入(点滴・投薬を含む) | 32,400円(税込) |
硬膜外自己血注入2か所(点滴・投薬を含む) | 54,000円(税込) |
点滴 | 5,400円(税込) |
1. | ベッドで横向きになり、膝をかかえ背中を出来るだけ丸くします。 |
2. | 腰部を消毒し局所麻酔をします。 |
3. | 硬膜外針を用い腰部から硬膜外穿刺を施行する。 針先が硬膜外腔に到達していることを確認した後、上腕部から静脈血を採取し、すぐに硬膜外腔に注入します。 |
4. | ブラッドパッチが終了したら点滴を1000mlします。この間はベッドで楽な姿勢で過ごしていただきます。所要時間は2時間半から3時間程度です。 |
5. | 点滴終了後は診察を受け、当日の治療は終わります。 |
ⅰ ) | 感染症 |
◦︎ | 針を刺して行う治療には常に感染症を伴う可能性があります。 |
◦ | 1度体外に取り出した血液を再び体内に戻す治療なので普通の注射より感染症の可能性は高いと考えます。 当院の対策として院内を清潔に保ち手技の清潔操作はもとより、抗生剤を点滴、経口投与を3日間していただいております。 今まで500症例以上のブラッドパッチをしてきましたが感染症を発症した方はおりません。 |
ⅱ ) | 腰痛 |
◦︎ | これはしばしばみられる副反応です。原因として注入した血液が神経根を刺激しているために起きていると考えられます。 |